第二話 緑・驚いた 空から降ってきた物体の確認と、危険ならばその排除。 陸遜どのからそう命を受けて未確認物体落下地点へと赴いていた私の目に入ったものは、私が予想していたものとは大きく異なっていた。 よほど強い衝撃だったのだろう、地面を削り取るように丸く穴を開けていたその中心には。 「少女……?」 場に合わぬほど安らかな寝顔を見せている、幼げな女性の姿があった。 「姜将軍、いかがなさいますか」 「……見たところ、害は無さそうだ。私が行こう。皆はここで待機していてくれ」 「「はっ」」 共にきていた部下達にそう言い、私一人が馬から降りる。 少女の側まで下りてみると、これだけ地面をへこませながら、少女の体には傷一つ見当たらなかった。 その身体は、うっすらと発光しているようにも見える。 「すー……」 安らかに眠っている少女を、だが放っておくわけには行かない。屈み、右腕を背中に、左腕を膝の下に回し持ち上げると、柔らかい感触が腕にぶつかった。 ――軽い。 私が少女を持ち上げると、カラ、と音を立てて、大きめの刀がそばに落ちた。 ……刀? この少女の物だろうか。 「誰か、この刀を頼む!」 「はっ!」 兵の一人が降りてきて、刀を拾う。それ以外に少女の持ち物はなさそうだ。 凹んだ地から上がり、片手で少女の身体を支えながら馬にまたがる。 「よし、城に戻ろう」 「「はっ」」 馬を走らせながら、姜維が時折腕の中にいる少女を見ると、彼女はやはりうっすらと光っていた。 「陸遜どの!」 「姜維どの、戻りましたか。一体何が……」 君主らしからぬ様子で仕事をしていた陸遜どのの言葉が途中で切れたのは、私の腕の中で眠っている少女に気づいたからだろう。 立ち上がり、私の側まで歩いてきて、眠る少女の顔を見る。 「落下地点と思しき場所にあったのは、この少女と刀一本だけでした」 そう言い、目で部下の方を示すと、陸遜どのもそちらを見て刀を確認する。 「そうですか……。ここに連れてくるまで、ずっと眠り続けたままで?」 「はい。馬に揺られても、起きる気配は全くありませんでした」 私の返事を聞くと、陸遜どのは女官の方を向いて『すぐに寝台の用意を』と命じた。 「あぁ、それと、司馬懿どのも今すぐ来るように言っておいて下さい」 女官が走り去ると、陸遜どのは、後の命令の意味が分からずにいる私のほうを、否、私の腕の中にいる少女を見た。 「他には何か、変わった事はありましたか?」 「他は……。今は治まっているようですが、少女の身体が時折白く光ることがありました」 「白く……」 少し考える素振りをしてから、陸遜どのは私のほうを見た。 「姜維どのは、この少女に何かを感じませんか?」 「! 陸遜どのも、感じていたのですか?」 少女を初めて見た時から、何か不思議な感覚はしていた。妖術などの妖しいものではなく、神々しい風をまとっているような、そんな感覚である。 「さしずめ、勝利の女神、といったところでしょうか……」 陸遜どのの呟きに頷いていると、先ほどの女官が『準備が出来ました』とやってきた。 少女を寝台に寝かせてしばらくすると、急に呼ばれて不機嫌そうな司馬懿どのがやってきた。 その姿を見て、陸遜どのの表情が満面の笑みに変わる。あの表情は厄介ごとを頼む時の顔だという事を私と同じように察した司馬懿どのが、冷や汗をたらしたのが私には見えた。 「私はこの少女を見なければなりませんので、私の仕事を全て司馬懿どのにお任せします」 「なっ!? 貴様、君主だろう!? 私の仕事も半端ではないのだぞ!」 「それは分かっています。ですが、司馬懿どのならその程度の事は出来るでしょう? 私は無理なことを頼んだりはしませんよ」 言い争いを始めた――と言っても声を荒くしているのは司馬懿どのだけだが――二人は放って、私は寝台で眠る少女の顔を眺めた。 同じ部屋でこんな会話がなされているというのに、少女は一向に目を覚ます気配はない。私があそこに行く前から眠り続けていたとすれば、相当長い時間眠っている事になる。 何かの病でずっと眠り続けているのだろうか、とも思うが、それならこんな安らかな寝顔を見せられるはずはない。 「ふむ……なるほど。面白い娘だな」 いつの間に話が終わったのか、司馬懿どのが私の隣で彼女の顔を見ながらそう言った。 陸遜どのも、遅れてこちらへと歩いてくる。 「我が国の繁栄の為にも、この女性は必要な人物だと思います。なので、司馬懿どの。例の件、やってくれますね?」 「まぁ良かろう。天下を掴む事に比べれば、取るに足らぬ」 陸遜どのは配下であるはずの司馬懿どのに丁寧に礼を言ってから、私のほうを向いた。 「姜維どの。私は、この女性が目を覚ましたら、妻に迎えようと思います。その際には……」 「勿論、お手伝いしますよ」 「ありがとうございます。良い配下を持って、私は幸せ者ですね」 陸遜どのの微笑に、私も笑みを返した。 短めで済みません。(汗 名前変換が一つもなかったページその1。(爆 まぁ、当然ですけどね。 一話に戻る 三話に進む |