第一話 黒・夢だよね そうそう。あたしは昨日、争覇の仮想モードを始めたはずだった。 陸遜を君主にして、配下二人が自分の気に入っているキャラになるまで繰り返して。 そうやってたらもう寝る時刻になったから、一戦もすることなくセーブして終わって。 ……そう。それがあたしの、現代世界での最新の記憶。間違いない。 ――気がついたらお城の一室に寝ていた、なんて事は普通ないでしょうが。 「お目覚めのようですね。気分はどうですか?」 目を覚ましたあたしを見て、ベッドのそばに座っていた陸遜らしき青年――少年か?――が微笑みながら一言。 「ここは何処? そしてあなたは誰ですか?」 「人に名を聞くなら先に自分が名乗らぬか、馬鹿めが」 あたしがそう青年に聞くと、青年の後ろから、司馬懿らしき服を着た男が黒い羽扇で自らを扇ぎながらそう言った。 ちなみにあたしが陸遜の配下に選んだキャラに、司馬懿は入っていたはずです。 「司馬懿どの、この方はまだ混乱しているようですから」 陸遜らしき青年は彼に向けてそう言った。はい、混乱してます、別な意味で思いっきり。 青年はこちらを見て、苦笑を見せた。 「彼は口が悪くて、どうぞ気を悪くしないで下さい。ここは天水城。私は陸遜、字は伯言と申します」 あたしが始めの陸遜の勢力地域に選んだのは、天水。 ランダムだろうと思っていたけど、縁かつぎで彼が出てこないかと思って選んだ場所で―― 「陸遜どの、目を覚ましたというのは本当ですか!?」 バタンと行儀が悪く戸を開けて駆け込んできたのは、姜維の服を着ている、前髪が中分け、後ろ髪を結んだ青年だった。 陸遜は彼を見て、一瞬呆れたような顔をしてから、それを苦笑に変える。 「姜維どの、そんなに慌てなくとも、この方は逃げませんよ」 「あ、はい……。ですが、三日も眠っていた方が起きたとなれば、やはり気になってしまって……」 深呼吸しながら姜維が言った言葉に、あたしは耳を疑った。 「三日も眠ってた?」 陸遜はこちらを向いて、頷いた。 「三日前、我が国の国境近くに隕石が落ちたという報告が入りました。姜維どのに観察をお願いしたところ、隕石の落下地点と思われる場所に貴女が眠っていたのを発見したのです」 はい? あ、あたしは、隕石と同類ですか? 「地面をえぐり取るような形になっていたのに、中心には眠っている貴女の姿があるばかりで。本当に驚きました」 姜維は少し遠慮がちにそう言った。そりゃ驚くって。 「それで、貴女のお名前は何と言うのですか?」 「えっ、あー、あたしは……」 「どのですか。素敵な名前ですね」 微笑み、そう言いながら、陸遜はあたしの手を優しく取った。 「この三日間、ずっと貴女を見ていました」 「は? ……って、え? 仕事とかあったんじゃないの?」 「それなら、全て司馬懿どのにお任せしましたから」 え? ってか、笑顔で言うことじゃないんですけど陸遜さん。 「ふん、何もかも私になすりつけおって。私でなければあれほどの仕事の量はこなせんぞ」 「ええ、司馬懿どのなら出来ると思っていましたよ」 「まぁ、当然だな」 笑顔で司馬懿へとそう言ってから――司馬懿も司馬懿で、笑いながら羽扇で扇いでいるけど――陸遜は再びこちらを見た。 というか、何なんだ今の会話は。どっちが偉いのか分かったもんじゃな―― 「私の妻になってくださいませんか?」 「…………は?」 陸遜の言っている事が、あたしにはしばらく理解できなかった。 「眠る貴女を見ていて、その姿に見惚れてしまったのです。どの。この陸伯言の妻になって下さいませんか?」 至極真面目な顔で、お姫様の手を取るようなポーズであたしの手を取りながら、陸遜が言う。 「――って、何言って――!?」 「それはいい!」 パチン、と手を叩きながら、姜維がこれ以上はない名案を思いついたように顔を輝かせた。 「陸遜どのとどのなら、傍目に見てもとてもお似合いですよ! ですよね、司馬懿どの?」 「こんな小娘では私の相手は務まらん。貴様にくれてやるから、ありがたく思うのだな」 司馬懿さーん、それは祝ってるんですかー? 「お二人とも、ありがとうございます」 陸遜もそこ、それで良いのか!? 二人のほうを見てそう言ってから、陸遜は再び――いや、三たび?――こちらを見て。 「見知らぬ男にいきなりそう言われて、驚くのは当然だと思いますが……せめて、形だけでも、そのようにさせてはもらえないでしょうか」 どこか哀愁漂う顔で、陸遜がそう言う。でもあたしが心配するのはそっちじゃなくて……。 「あ、あたしにもちゃんと家があるんだから、いつかは帰んなくちゃいけないと思うんだけど……」 「それなら、この国にいてくださる間だけでも構いませんから」 いや、構うでしょ、普通は!! 「い、嫌、でしょうか……?」 陸遜は残念そうな顔と口調をする。そんな顔をされてもこっちは困るわけで。 「あー、別に、嫌ってわけじゃないけど……」 「本当ですか!?」 変化を見る隙もないほどのスピードで、陸遜の表情が明るいものに変わる。 ……ってか、ちょっとその速さは異常では? 「姜維どの、司馬懿どの、すぐに式の準備を始めてください」 「はい!」「まぁ、よかろう」 二人はそう返事をすると、早々に部屋を出て行った。 「え、ちょっと、早すぎないの?」 「善は急げと言いますから」 にっこりと笑みを見せて、語尾にハートマークがついているような口調で言う陸遜に、あたしは呆れた顔を見せた。 直後、表情をまともなものに戻してから、陸遜はあたしを見る。 「あなたを初めて見た時、何かを感じたのです。貴女がいて下されば、我が国も天下を狙える……そんな気すら起こさせるような」 それはもしかして、あたしがプレイヤーだったからだろうか。 ゲームをしている限り、プレイヤーが選んだ国が天下を取るのは当たり前だし。 「などと言っても、今の我が国の様子では、夢の話ですけれどね」 ……ん? 「……陸遜って、この国の君主なの?」 「ええ、そうですよ」 「で、あたしは陸遜の妻になるって事になったのよね?」 「はい、そうです」 陸遜の顔は、妙に笑顔だった。あたしの表情は、多分凍りついていると思う。 「……って事は、あたしはめかけとかって奴?」 「いえ、后です。娶るのはこれが初めてですから」 笑顔で言う陸遜に、あたしはガッと身をこわばらせた。 「ちょっと待ってよ! やっぱやめようよ! あ、あたし礼儀正しくないし品ないし平民だしあたしなんかを妻にしたら陸遜の趣味が疑われるよ!?」 「大丈夫です。身分など関係ありません。どのには私を心配してくださる優しい心がありますから」 「そ、そんなの当たり前の事だって! 誰だって普通だよ!!」 「いえ、世の中には、その当たり前の心を持ち続けられない輩も沢山いますよ」 「あー……と、とにかく! あたしには偉そうな振る舞いが全然出来ないよ!?」 「良いんですよ、貴女は貴女のままで。ありのままの状態で居てくだされば良いのです」 それ以上、反論する言葉が見つからなくて、にこにこと笑う陸遜をただ眺めていると。 「陸遜どの! 式の準備がほぼ完了しました!」 図ったかのような見事なタイミングで、姜維が入ってきた。 「……早すぎない?」 「皆が貴女を受け入れている証拠ですよ」 ――こうしてあたしは、めでたく陸遜の妻になっちゃいました。 ――……これから、一体どうなるの?? どちらかと言えば私は三人称の方が得意なんですが、あえて一人称に挑戦してみました。(何 この国がやがて天下統一するかどうかは分かりませんが、よければ もうしばらくお付き合いくださいませ。(何 二話に進む |