平和だね。
とある庭の一角に、人が乗ることもできるほどの大きな樹がある。 庭自体がそれなりの大きさなのでさほど珍しいものではないが、乗ったときの景色が良いためなのか結構人気があるようである。 「…すー…」 かつての戦争では竜をも相手にしたほどの少年も、眠っている姿は何ら普通の少年と変わりなかった。少し違うといえば、器用に樹の枝に足をかけてずいぶん高い場所で寝ていることである。家の領地内で武器を持っている必要はないので、当然丸腰。 「………」 そんな少年を樹の下から見上げている人物がいた。人物はその少年のいる位置を考えてから、とっ、と軽い身のこなしで登っていく。しばらくすると、何も苦がなかったかのように人物は少年のところまで来ていた。 「……クスッ…」 ジッと寝顔を見つめ、なんと無防備な顔なのかと少し笑みを漏らす。もう少し近づいてみようかと身を乗り出したとき、風が吹いて少女の長い髪がなびいた。 「…ん…?」 髪が肌に触れてしまったのか、少年は声を漏らす。相手の目がきちんと開くまで少女は目の前で動かなかった。 「…あれ、スー…」 「器用ね」 少女はロイの、樹の上できちんとバランスを取っている足を見てつぶやく。とは言っても、少女もあっさり樹の上まで上り寝顔を見る余裕もあるのだから相当なものなのだが。ロイはまだ少し眠そうな目をこする。 「スー、いつからここに…?」 「今来たばかりよ」 これ以上眠そうにしているのも微妙と思ったのか、ロイは両手で両頬をパンッ、とたたいた。 「スー、木に登るのも上手なんだ。草原にはあんまり木はないと思ったけど…僕の勘違いかな」 いきなりそう切り出したロイに、スーは一瞬戸惑ってから笑みをこぼした。何かおかしいことでも言った?とロイはその様子に驚く。 「ええ、草原にはあまり木はないわ。木が多かったら草原とは言わないもの」 笑いながらの言葉だったので、意味を取るのは少し難しかった。スーがそんなに笑うところを見るのは、今や最も親しく話しているロイでも珍しいことである。 「…そんなにおかしかったかなあ?」 ロイの少し膨れた顔を見ながら、スーは表情を戻しつつ答えた。 「樹も、馬も、生き物には変わりないわ。呼吸を合わせるのは簡単なこと」 その答えを聞いて、ああ確かになぁとロイは納得する。 「スーが馬の上で剣を使うときなんて、一瞬視界からなくなっちゃうぐらいだしね。ベルンでの戦いのときなんて誰の攻撃もスーに当たらなかったし」 「…でも、竜を相手には苦労したわ」 ロイの言葉に少し照れたのか、スーはごまかすようにそう繋げる。だがそれもロイにとってはたいしたことでもなかった。 ロイは笑いながら返事をする。 「竜の攻撃なんて、避けられたのはスーぐらいだよ」 その褒め言葉に、スーは微笑を浮かべた。 変化は一瞬だけで、すぐ無表情に戻ってしまったが、ロイはしっかりそれを見ていたようである。 会話が途切れ、あたりには沈黙が訪れた。とは言っても、スーはもともと黙っていることは多いので妙なことではない。ロイも彼女の沈黙を知っているので、それを不思議がる必要はなかった。 ふと、スーが、体勢を変えようと掛けている足を変えようとしたとき。 「…っ!」 バランスが崩れ、身体がぐらりと傾いた。倒れた方向は、偶然にもロイのいるところ。 「わっ、スーっ!」 ロイは咄嗟に受け止めようと手を伸ばす。 だが、スーはロイに受け止められるのが恥ずかしいと思ったのか、無意識にロイのいるところから重心をずらしていた。 「スー、そっちじゃ危なっ…!」 ロイは当然そんなことは知らず、さらに手を伸ばそうとして…。 ズルッ…ズテーンっ!! その音に反応して近くの木に止まっていた小鳥達がバサバサバサ…と飛び立っていった。 スーが無意識に閉じていた目を開けると、視界に広がるのは今まで自分達が乗っていた大木だった。 「…?」 大木の奥には天が広がる。…となると、自分の背中には大地があるはず。 …でも、落ちたにしてはどこも打っていない…? 「…っ!!」 ハッと気がつきスーは慌てて起き上がった。ロイの腕が自分の下にある。ロイが支えてくれたため、自分にはケガがなかったのだ。 地面には草が生い茂っているのでいくらかはクッションの役割も果たしていたようだった。 「落ちちゃったね」 苦笑を含んだ声でロイが呟く。スーは顔が熱くなっていくのを感じ、ごまかすようにロイから視線をそらした。 「ロイ様まで落ちる必要はなかったはず…」 ロイも体を起こす。起こす時にふと『つっ…』という痛みを我慢するような声が聞こえて、スーはやはりそちらを見てしまった。 「…僕って、かなりのお節介らしいからね。マリナスがいっつも『困りますぞ、ロイ様』とか言ってくるし」 マリナスの真似をしてロイがそう言う。スーはその様子が想像できて微笑した。 「…確かに、かなりお節介だわ」 「あっ、スーもそんなこと言うーっ!」 ふざけるようにそう叫んだとき、やはりどこか痛めていたらしくロイは先ほどと同じように痛みを我慢するような素振りをした。 今度は恥ずかしいと思うことはなく、スーは口にする。 「どこか痛めたのではないの?」 スーにそう言われて、ロイはまた苦笑いする。どうやら背中を少し打ったみたい、との事だった。 「ま、少し休んでればなんでもないよ」 「でも…」 その原因に自分も入っているのだから、とスーが申し訳なさそうにロイを見る。ロイはそんな様子を見て、ふっとあることを思いついた。 「じゃあ、僕が痛くなくなるまでスーはずっとそばにいて」 言われたことの意味が読み取れず、スーは戸惑う。少し遅れてロイを見ると、相手はにっこり笑って見せた。 「それなら、杖とかが使えないスーでも出来るでしょ?」 「…そうね。そのほうが簡単だわ」 スーも彼女なりの笑顔を返す。と、急にロイはもう一度寝転がった。 そして、腕を大きく伸ばしてから青空を眺める。 「ほら、スーも」 ロイに急かされて、スーもロイのとなりに寝転がる。大木が視界の大部分を占めたが、それでもその奥には真っ青な空が目に入った。 「…いい天気だね」 「そうね…」 やわらかい風がスーの頬を撫でた。大木の葉が風に吹かれてサワサワ…と静かな音を立てる。 先ほどの音で飛んだ鳥が、もう一度木に止まった。
しばらくして、スーは自分の体を揺するものに気がついた。 何が言いたいのか分からない作品ですね(爆)。 シナリオなしで書いてくとどうなるか分かったもんじゃありませんね; 彼らには、いつでもほのぼのと幸せでいて欲しいものですv |