nostalgia<小説:FE封印TOP
nostalgia
 「ロイ様、どちらにおられますかな」
 戦いもいよいよ激しさを増し、今日もマーカスやマリナスがロイを探す声がする。
 サカでの激しい戦いから数日。仲間が負った戦いの傷はそろそろ癒えてきた頃なのだが戦後処理はまだまだ残っているようで、ロイだけでなく彼を取り巻く重臣達は軒並み朝から晩まで陣営に設けられたいくつもの天幕の間を走り回っている。
 そんな光景を横目に、スーは木陰でぼんやりと空を見上げていた。
 なつかしい、サカの景色。故郷をわたる優しい風。
 一族が滅ぼされてからこれまで、スーにとっては長い道のりだった。ベルンの陰謀に巻き込まれて捉えられたときには、もうこの景色を見ることはないと思っていた。
 だが今、こうしてふたたび故郷の風を感じることができる。
 それはすべて、ロイがスーを救出してくれたおかげだった。
 だからスーは、戦いに赴くロイに恩を返すべく力になろうと思って一緒に戦ってきた。今までも、そしてこれからも。
 「次にこの風を感じられるのは、いつになるのかしら……」
 ロイ達は、間もなくこのサカを離れて次の戦いの地へ向かう。勿論スーも一緒に行くつもりだ。でもそうしたら、次に帰れるのはいつになるだろう。
 片時も忘れたことはないが、それでも離れていた時には時折懐かしんでいた風を胸に刻みつけるようにスーが深呼吸したとき。
 ガサガサッ。
 ふいに、スーの後ろの木立が揺れた。何事かと振り返ったスーの目の前に、紅い髪の少年がぬっと顔を出す。
 「ふう、ようやくマーカスを撒けた」
 「ロイ様?」
 性格上あまり大声を出して驚くことはしないが、それでもスーの深緑色の瞳が目一杯見開かれる。
 その瞳に映ったロイは、髪についた木の葉を払い落とすと茶目っ気たっぷりに舌を出してみせた。
 「へへっ。あんまり煩かったから逃げてきちゃった。どうせ決め事なんて、今日じゃなくてもいいものばかりなんだし」
 「……」
 隣、いい?と訊ねたロイは、それでもスーの答えを待たずに腰を下ろした。ちょうど吹いてきた風に目を細めて。
 「いい風だ……これがサカの風なんだね。こうして感じるのは初めてだけど、なんだか懐かしいな」
 そしてロイは、空を見上げた。秋の空はどこまでも高く澄み切っていて、薄くたなびいた雲がとても遠くに見える。
 「もうじきサカともお別れか……戦いに忙しくて、あまり景色を楽しむ余裕がなかったな」
 「ロイ様はお忙しいから……」
 こんな時何を言ったら良いかわからなかったから、スーは無難な言葉を選んで話を合わせてしまう。
 ロイは、そのまましばらくぼんやりしていた。その横顔を、スーは複雑な思いで眺めていた。
 こうしてロイと二人きりで話すようになったのは、いつからだろう。ベルンやリキア、エトルリアの人間の中には独特の風貌をしたサカ人を蛮族と言って毛嫌いする者も少なくない。幸いというべきか軍の仲間にそうしてくる者はいなかったが、それでも捕えられてから時折屈辱を受けてきたせいか、スーは同じサカの仲間以外の人間と口をきくのが苦手だった。
 だがロイだけは、彼のほうから親しくスーに話しかけてくれた。話すだけでなく、よく気を遣ってくれる。それがよく解るから、スーもロイには心を許していた。
 そして、しだいに二人でいる時間が増えていったのだ。
 ロイにとって、自分はどんな存在なのだろう。スーは時々訊いてみたくなることがある。だが訊いたところで無駄なことは解っていた。ロイはいずれリキアの侯爵として華々しく活躍する身。いつまでも、こうしていられる筈はないのだから。
 いつか…そう遠くない将来こんなひとときも終わるのだと思うと、ふとスーの胸がせつなくなった。ロイの顔を見ていられるのも、あとわずかなのかもしれない。
 「スー、どうしたの?」
 顔を曇らせたスーに気づいたロイが、スーの顔をのぞきこんだ。スーが取り繕うように笑おうとしたとき。
 「ロイ様、どちらにいらっしゃいますか?」
 輸送隊マリナスの声だった。ロイが顔をしかめる。
 「わわっ、見つかっちゃう。マリナスに捉まると長いんだ……ねえスー、お願いがあるんだけど」
 スーの目の前で、ロイが両手を合わせて拝んだ。

 そして。
 「ロイ様、本当によろしかったのですか?」
 馬を駆るスーは、相乗りしたロイに何度も繰り返した。
 「うーん。戻ったら小言くらい言われるかもしれないけどね……でもさあ、いろいろ言ってくる方は複数でも話を聞くこっちは一人なんだから、たまには息抜きさせてもらわなきゃ」
 「はあ……」
 ロイの言い分も解る気がしたので、スーはもうそれ以上何も言わないことにした。
 「それにね、ここを離れる前にぜひサカをよく見ておきたかったんだ」
 「そうですか……」
 馬はどんどん速度を上げ、草原を駆け抜けた。
 「わあ、草原がすごく綺麗だね」
 ロイが子供のように歓声を上げる。スーの馬は、陣営から遠く離れた丘の上で止まった。
 「いい所だ」
 馬から降りたロイは、ぐるりと景色を見渡して深呼吸した。丘の下には、遊牧民の集落が見える。
 「なつかしい……」
 スーがふと漏らした呟きを、ロイは聞き逃さなかった。
 「スーも昔、あんな風に生活していたの?」
 「ええ。父なる空と母なる大地の恵みを受けて、すべてあるがままに生きて……でも」
 それも、もう遠い記憶。両親は失われ、一族もほとんどが死んでしまった。
 「もうクトラ族はほとんどいないけれど、それでもじじはいつの日かクトラ族を再興するって言っていた。いつかきっと、またこの景色の中で……」
 「行ってみようよ」
 ロイが、スーの手を引いた。ふいに握られた手が温かくて、スーの胸が高鳴る。
 二人が降りていくと、集落は遠目に見たよりも賑やかだった。ちょうど家畜に子供が生まれる時期なのか、あちこちで子馬や子羊を見かける。
 ロイはそんな光景をひとつひとつ丹念に見ていった。
 「これがサカの遊牧生活…凄いや、みんな生き生きしている」
 「誰だ?」
 ふいに、ロイ達を呼び止める声がした。当然なのだが余所者が集落に紛れ込んでいるため警戒されたのだろう。
 だがロイは臆することなく声の方を向いた。スーが返事をするより早く、ロイは地面に両膝をつく。
 「えっ?」
 ロイは空と大地に祈るような仕草をした後、声をかけてきた初老の男に向かって両手を広げた。
 「ロイ様、どうしてその挨拶を……」
 それはサカの民同士で使う初対面の挨拶だった。もっとも、今ではサカ人でさえ滅多に使わない。スーも、かつて祖父がしていたのを何度か見ただけだった。
 その挨拶を見たサカの男は一瞬驚いたような顔をした後、満面の笑みを浮かべた。
 「おお、その挨拶を知っているとは。たいしたものだ」
 「こちらこそ勝手に入り込んでしまってすみませんでした。実は伺いたいことがあったものですから」
 「わしに答えられることならば構わぬが?」
 「あの…ロルカ族という名をご存知ですか?」
 その名はスーにとって、初めて聞く名だった。自分の知る限りでは、そんな名前の一族は存在しない。だがその名を聞いた男は懐かしそうに目を細めた。
 「ロルカ族…もう二十年以上も前に滅ぼされた一族だな。たしか一人だけ…族長の娘が生き残ったと聞いたことがあるが、この地で女ひとり生きていくのは簡単なことではない。今頃どうしているのやら」
 男の言葉に、ロイは即答した。
 「その女性でしたら、大きな旅をした後結婚してとても幸せな人生を送ったと聞いています。みんなから大事にされて、いつも笑顔が絶えない女性だったと……」
 「おお、そうか。ならばよかった」
 同じ民族は家族同然に思うサカの民らしく、男は自分のことのようにそれを喜んだ。
 「あの、ロルカ族の墓地がどちらにあるかご存知ないですか?」
 「墓地か……たしか、ここからそう遠くない場所にある筈だ」
 スーが呆気にとられている間に、ロイはその男からロルカ族の墓地の場所を丁寧に聞きだした。話を聞き終えた後で丁寧に礼をして、スーにその場所へ連れていってほしいと頼んでくる。
 「あの、ロイ様」
 ふたたび馬に揺られながら、スーは訊ねた。
 「ロイ様は、どうしてそんなにサカにお詳しいのですか?」
 「ふふっ。実はね……」
 ロイはにっこりと笑って答えた。
 「僕の母上はサカの血を引いていたんだ」
 「えっ?」
 それは、初めて聞く話だった。何となく伝え聞いていた話では、たしかロイの母はリキア貴族の娘だったはず……。
 「僕の祖母にあたる人は、以前サカの男の人と駆け落ちして母上を授かったんだって。いろいろあって母はリキアへ戻ってきたけれど、その事実は変わらない」
 「それがロルカ族……」
 「そういうこと……あ、あれじゃない?」
 二人の行く手に、いくつかの墓標が見えてきた。草原の中に点在するその前で、二人は馬から降りる。
 参る者もいなかったのか、石でできた簡素な墓標は風月にさらされるままところどころ朽ちていた。そして足元には、他の地と変わらなく牧草が生い茂っている。
 墓標に刻まれた文字は擦れて消えかかっていたが、ロイはそのひとつひとつを丁寧に調べた。そしてある墓標の前で立ち止まる。
 「ここだ……」
 何となく後をついてきたスーがのぞきこむと、そこにはサカの文字で人名が彫られていた。
 「母上から、この文字だけは教わったんだ。僕の祖父母の名前」
 そしてロイは、サカ流の祈りの姿勢をとった。ややぎこちなさはあったが、サカの古い伝統にのっとったその仕草はそのままそれを異国に暮らす息子に教えたロイの母のサカへの愛着のように思える。
 「母上は、よく子守唄がわりにサカの話をしてくれたよ。どこまでも続く草原や、いつでも人々を見守ってくれる空のこと、そしてあたたかい人たち。聞かされた頃はそんな世界があるなんて信じられなかったけれど、こうしてサカの地に立ってみればすべてが母上の言っていた通りだったから驚いた」
 「……」
 「ここを出てベルンに入れば、きっと戦いは激しくなるだろう。そうなれば、生きて戻れるかどうかも分からない。だからその前に、どうしてもサカを…母上が育った土地をよく見ておきたかったんだ」
 「ロイ様ならば、きっと大丈夫です。私もお手伝いいたしますから」
 「スー……」
 疲れからか少し弱気になったロイを気遣うように言うと、ふいにロイが真顔になった。
 「きみは、やっぱりここに残った方がいいんじゃないかな?」
 「ロイ様?」
 「これからも、僕達の戦いは続くと思う。いつまで続くのか、ベルンの後はどこへ行くのかもわからない。そんな戦いにきみを巻き込むことはできないよ」
 「そんなこと、覚悟はできています。ベルンは一族の仇、じじだってそう思っています。だから私達は一緒に……」
 「解ってる。でも……」
 「……それとも私達がいては、邪魔ですか?」
 「そんなことはないよ」
 「でも、やっぱり私は足手まといなのではないかと……」
 「スー。僕は、そんな風には思っていないよ。ただ……」
 「ロイ様?」
 「……このままずっと一緒にいれば、僕はきっときみをリキアに連れて帰りたくなるから……」
 言ってしまった後で、ロイの顔がみるみるうちに真っ赤になった。そしてスーも、頬がわずかに熱くなるのを感じる。
 「初めて会ったときから、僕はずっときみを見ていた。最初は母上によく似ているからだと思っていたけれど……今ではそんなことは関係ない、スーというひとりの女の子としてきみを見ている。サカ人として誇り高く誠実に生きるきみと同じように、僕にとっても自分に流れるサカの血はとても大事なものなんだ。でも僕も子供の頃はこのことで周りからいろいろ言われたりしたことがあって……。だから余計に、サカの血をひくことに誇りを持って生きている君が眩しく思えた……けれど」
 ロイの目が遠くを見た。
 「父上と母上は、それは幸せな夫婦だったよ。僕の記憶の中には、いつでも仲良く一緒にいる姿しかないくらい。だから母上が亡くなったとき、父上のふさぎ込みようは大変なものだった」
 「……」
 「そしてそれから何年か経って、父上が僕に漏らしたことがあったんだ。『母さんが死ぬ前に、一度サカの景色を見せてあげたかった』って。母上は強い人だったから口にしなかったけれど、時々城の高いところに上って、ずっと東を…サカの方を見ていたことがあったんだって。父上も何とかして返してあげたいと思っていたけれど、戦いが終わってすぐフェレ侯爵になった父上は、どうしても仕事が忙しくて叶わずじまいだった」
 「ロイ様のお父様が……」
 「サカの人は、草原を忘れることはできないという。だから僕は、きみに母上みたいな思いをしてほしくないんだ。僕がこれ以上きみを引き止めてしまいたくなる前に、きみはここに……」
 「ロイ様、それは違います」
 思わずスーは遮っていた。
 「故郷を懐かしむ気持ちは誰にでもあること。ロイ様のお母様でなくたって、きっと同じように時々故郷を思うでしょう。でもその気持ちよりも、好きな人と離れ離れになるほうが、何倍もつらいと思います」
 その言葉にロイが顔を上げる。
 「本当に?」
 「はい。それに、どこへ行っても父なる空と母なる大地は必ず故郷と繋がっています。空を見上げ、大地を踏みしめて歩く限り、故郷は私とともにあるのです。そう思えばどんな場所でも生きていける、そう思います」
 言いながら、スーは思った。僭越かもしれないけれど、もしも自分がロイの母と同じ立場だったら、きっと迷わず同じ選択をするだろうと。
 ロイは、スーの顔をじっと見た。
 「スー。きみは、どうなの?」
 「?」
 「もしも僕がきみをリキアに連れて帰りたいと言ったら、きみはついて来てくれる?」
 「ロイ様……」
 そろそろ日が傾きはじめていた。秋の早い日暮れの景色の中で、ロイの顔に映る影がしだいに濃くなっていく。どう答えてよいかわからないスーがロイの顔を見つめ返したら、ロイは突然明るく笑った。
 「ごめん。いきなりこんな話をしたら驚くよね。忘れて」
 そろそろ帰らなきゃね、とロイが立ち上がった。その背中を見たとき、スーは今自分の気持ちを伝えておかなければと思った。この機会を逃したら、ずっとロイに自分の気持ちを伝えることはできないかもしれない。
 「連れていってください、ロイ様」
 ロイの背中に、スーは自分の思いを伝えた。サカを離れることよりも、ロイと離れたくない。言葉にしたことで、スーの中でその思いが確実なものになっていく。
 そして驚いたようにロイが振り返る。
 「スー……本当かい?」
 「私……ロイ様と一緒にいたいです」
 「ついて来てくれるの?ベルンだけでなく、フェレ…僕の国にもだよ?」
 「はい」
 スーは、はっきりと答えた。ロイと一緒ならば、きっとどんな場所でも生きていける。どんな世界にだって、飛び込んでいけると思うから。
 赤みをおびてきた日差しの中で、二人は言葉もないまま見つめ合った。凪いだ風が二人の間を何度もすべりぬけていく。
 「ありがとう……」
 やがて、ロイが呟くように言った。
 「その言葉を聞けてよかった。ならば僕は、必ずきみを守るから。幸せだった父上と母上みたいに、きみがいつでも笑っていられるように」
 「ロイ様……私もロイ様を助けていけるように、強くなります。父なる空と、母なる大地に誓って」
 「スー……すごく、嬉しい」
 そしてロイは、スーの手をとった。スーがあっと思う間もなく、ロイは自分の両膝をつくとスーの手を自分の口許へと運ぶ。
 その仕草に、スーは胸が高鳴った。
 「ロイ様、それは……!」
 「ふふっ。父上がこっそり教えてくれたことがあったんだ。父上もこうやって母上にプロポーズしたんだって。……これ、サカの流儀なんだろう?」
 悪戯っぽく笑った後で、ロイはもう一度…真剣な表情でその仕草を繰り返した。
 「ロイ様……」
 ロイの思いが伝わってきて、スーは幸せに心が満たされていくのを感じた。
 だから、スーは口づけられた手を自分の顔に引き寄せ、その手に自分の唇を乗せた。それを見たロイの瞳が嬉しそうに輝く。
 スーがした仕草。それは、相手の気持ちを受け入れるという意思表示だったから。
 暮れゆく草原が、二人の影を長く描きだす。風が渡るたびにゆらめくその影は、やがてゆっくりと重なったのだった。



LUCIA様より、キリ番140000Hitで頂きました。ロイ×スー頼みました(笑
素敵な物語です〜♪エリリンが前提になっているんですが、こうなるとロイはサカと随分深いつながりがありますね(笑
LUCIA様、どうも有難うございました〜★

平成15年10月14日UP


FE封印

TOP

最終更新:12:46 2006/06/27




100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!