少年は、病院の個室のベッドから空を眺めていました。 少年は、病気が重く、一人ではろくに出歩けません。 友達らしい友達もいなく、少年は独りでした。 少年は、病院の個室のベッドから空を眺めていました。 「きみ、なにしてるの?」 ふと、窓の外から声が聞こえました。 でもここは病院の5階、外の人の声なんてするはずがありません。 少年は不思議に思って、窓を開けてみました。 そうしたら、ふわりと光るものが、窓のふちに下りてきました。 それは小さな、肩にも乗ってしまいそうな大きさです。 よおく目を凝らして見ると、それは人の姿をしていました。 背中には、うっすらと光る、白い羽根があります。 「そと、見てたの」 「なんで?」 「それしかすることがないから」 「それじゃ、わたしとお話しましょ」 「君は、だあれ?」 羽根を持つ小さな人は、その小さな顔でにっこりと笑いました。 「わたしは、天使よ」 天使は、空が赤くなる頃まで少年と話をしました。 「もう帰らなきゃ」 「どうして?」 「わたし、夜には帰らなくちゃいけない場所があるの」 「そっか。それじゃ、ばいばい」 少年は、飛び去ってい天使に対し、同じくらいのにっこりとした笑顔を送りました。 次の日も、天使はやってきました。 同じ時間にやってきて、同じ時間になったら帰ってゆきます。 その次の日も、その次の次の日も、天使はやってきました。 そのまた次の日ぐらいの、ある日。 「ぼくね、君のことが大好き」 少年がそう言うと、天使はぱっと驚いて、直後、にっこり笑いました。 「わたしも、きみのこと、大好きよ」 少年も、にっこりと笑いました。 それから何日か経った後の、空が赤くなった頃。 「どうしても、帰らなくちゃいけないの?」 少年が尋ねると、天使は残念そうな顔をしました。 「きみとはいつまでも話していたいけど、どうしても、帰らなくちゃいけないの」 「どうしても?」 「どうしても」 少年は、天使の小さな白く光る羽根を、優しく撫でました。 「また明日も来てね」 「きっと来るよ」 天使は、にっこりと笑みを浮かべて飛んでいきました。 その次の日。 少年は、見舞いに来た両親に、こう言いました。 「鳥かごが欲しいの」 めったにものを欲しがることのなかった少年だったので、両親も、すんなりと買ってあげました。 その日も、いつもの通り、天使はやってきます。 いつもどおりお話をして、空が赤くなった頃、少年はちょいちょいと手招きして、天使を病室の中に入れました。 そして、その後ろから、ひょい、と、鳥かごを被せます。 「なにするの?」 「こうしていれば、いつまでも、君と一緒にいられるでしょ?」 「でも、わたし、帰らなきゃ」 「大丈夫だよ、ぼくが守ってあげるから」 鳥かごの中にいた天使は、出して、と鳥かごの入口を開けようとします。 ですが、すでに少年が鍵をかけた後でした。 「これなら、ずっと一緒にいられるね」 少年は、にっこりと笑顔を見せました。 その次の日。 目を覚ました少年は、ベッドの脇に置いた鳥かごを見ました。 天使の、小さくて白い羽根の付いた、あの姿。 それを見るだけで、少年は元気が出るようでした。 ですが、その日に見た鳥かごの中に、天使の姿はありませんでした。 あるのは、一枚の、小さくて白い羽根だけ。 「どうして?」 少年は、鳥かごに向かって問いかけました。 返事は、ありませんでした。 それから、少年のもとにあの天使が現れることはありませんでした。 少年の目から落ちた涙は、手に持った羽根を濡らしました。