私は人魚に恋をした。 彼女の全てを知りたいと思った。 あの人魚は、深い海の底から時折顔を出す。 そして、私を見つけては微笑み、 不思議な声で綺麗な歌を歌うのだ。 私は彼女のことを知りたいと願っているのに、 私が知っていることは、たったのそれだけ。 なぜなら、彼女はその生活の大半が海の中だからだ。 一度、舟に乗って人魚の行方を追いかけたことがある。 あの時の私は、必死だった。 どうしても、人魚の住む世界を見てみたかったのだ。 沖のほうまで追いかけて、 そのうち人魚は深い海の底へと泳いでいった。 小さくなって、濁っている水のせいで姿が全く見えなくなるまで、 私は舟の上で立ち尽くしていた。 私も、泳げる。 だが、それは『人間』の常識で考えた程度でのみ。 数分も、息をしないで生きてはいられない。 なぜ私と彼女は体のつくりが違うのか。 なぜ彼女は水の中で生きていけるのか。 なぜ私は空気がなければ生きていられないのか。 なぜ天は、人間と人魚の姿はあまりにも似ているのに、そんな違いをつくるのか。 彼女は水面へと上ってくることができるのに、 私は水底へと潜ることができない。 私が彼女の生活を知るには、彼女に聞くしかないのだ。 だが、私が訪ねても、 彼女は彼女の言葉で話すのみ。 彼女の使う言葉が、私には理解できない。 どう頑張ろうにも、声そのものが違うのだ。 諦めなければならぬのか? 彼女は私の言動を怖がるようになり、浜に上がらなくなった。 ごく稀に、水の中から顔を出すだけになった。 私は彼女の歌が聞きたい。 ただそれだけで良い。他には何もいらぬ。 そう言う私の言葉を聞いてくれ。 明日彼女が何をするのか、私には分からぬまま。