盲目の少女<夢小説:三國無双TOP
盲目の少女
「こんにちは、夏侯惇様」
すれ違いさまそう声を掛けられ、夏侯惇は頭を下げる少女を見た。
「ああ」
その返事とほぼ同時には頭を上げる。その両方のまぶたが相変わらず閉じられているのを見て、夏侯惇はふと親近感のようなものを覚えた。
目が見えぬのだ、この少女は。
「? どうかしましたか?」
夏侯惇の足が止まっているのを不思議に思ったのか、が頭を傾けながらそう言う。
夏侯惇はふっと微笑むと、自分より頭一つ分ほど低い位置にある彼女の頭をぽんぽんと軽く撫でた。
「この城には慣れたか?」
「あ、はい。ここの皆さんは、とても優しくして下さいますから」
そう言い、は夏侯惇の顔のほうに自分の顔を向けて微笑む。
「……あ」
「どうした?」
突然、今までとは違いくすくすと笑い始めたを不思議に思い、夏侯惇がそう問い掛けると、少女は壁のほうを向きながら答えた。
「司馬懿様が張コウ様にからかわれて、紫の光線を出しておられます」
その返事に、夏侯惇はとても驚いた。今度はこちらを見て、が続ける。
「あの笑い方は、乱舞の時の笑い方ですから。そして相手の足音はとても軽やかなので、張コウ様だと思ったのです」
生まれつき目の見えないは、その分聴覚が非常に発達していた。
「俺には、何も聞こえなかったが」
「目の見えない私は、耳が頼りですから」
夏侯惇にはまったく聞こえなかった音すらも、誰のどんなものなのかまで分かるらしい。
「それでは、司馬懿様の機嫌が悪くならないように、私はそろそろ行きますね」
そう言い歩き始めたに、だが夏侯惇はふと嫉妬のようなものを感じ、こう声を掛けていた。
「わざわざ司馬懿の言うことなど聞かなくても良いのだぞ? 元はどうであれ、今のお前は孟徳の客人なのだからな」
はその声に振り返ると、『分かっています』と微笑んで答えた。
「私がやりたいと思ったからするだけですから。お心遣い、どうもありがとうございます」
それ以上何も答えなくなった夏侯惇に一礼して去ってゆく少女を見ながら、夏侯惇は、言われてやるほうがまだマシだったと小さな虚しさを覚えたのだった。

張コウがいたのは、司馬懿の部屋だった。
「こんにちは、司馬懿様、張コウ様」
先程の室内無双乱舞のお陰で辺りには色々なものが散乱していたのだが、は驚くことなく、足にぶつかるものを拾っては元の位置に戻す、という行動を繰り返していた。
「おや、こんにちは」
返事が聞こえた張コウの方に顔を向けて、はにこ、と笑顔を作る。
司馬懿からの返事は当然のごとく無く、かわりにそちらから発せられた声はこんなものだった。
「茶は飲んだだろう。早く出て行け」
「冷たい方ですねぇ。代わりが来たから私はもう用済みということですか?」
「始めから貴様など呼んではいない!」
声を荒げて言う司馬懿に、だがも張コウも同じように笑った。それでは、と帰ろうとする張コウがの側を通った時、彼女の手を取り言う。
「美しい貴女と話せないのは真に残念ですが、これ以上ここにいては何をされるか分かりませんからね」
「そんな、きっと私よりも張コウ様のほうがとても美しいですよ」
「ふふふ、ありがとうございます」
そう言ってから、恐らく司馬懿に睨まれていたのだろう、張コウは逃げるようにそそくさと部屋を出て行った。
少女は小さく笑い、司馬懿のほうを向く。
「大人気ないですよ、司馬懿様」
「ふん……。……目を開けろ」
司馬懿に言われ、は目蓋を持ち上げた。それとほぼ同時に少女の頬に朱色が混じる。
現れた珍しい色の瞳を見て、司馬懿はフッと笑った。



ある日。
暇を持て余していた夏侯淵は、最近身内との会話でよく名を耳にする、とある少女を発見した。
「よう!」
「あ、夏侯淵様。こんにちは」
夏侯淵が声を掛けると、は少しのずれも無く夏侯淵の顔のあるほうへ顔を向けた。
彼が見たことのあるの顔は、今と同じように両目を閉じたものである。
「目が見えなくて、一人だけで平気かよ? 城ん中ったって安全かは分かんねぇぜ? なーんてな」
冗談交じりのその言葉に、はくすっと笑った。
「大丈夫ですよ。夏侯惇様や張コウ様がとても親切にして下さいますから」
その中にある名前が聞こえて、夏侯淵はふと思い出す。
「なぁ、野暮なこと聞いちまってもいいか?」
は、少し不思議そうな表情をした。
「答えられるかは分かりませんが……何ですか?」
「お前って、この国に好きな野郎がいたりすんじゃねぇか?」
「えっ……」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったらしく、少女は口をぱくぱくと動かしている。
その後、その返事が来るまではたっぷり深呼吸を五回はするほどの時間を要した。
「な、な……なんでそのことを……?」
「あー、その反応ならやっぱりか。いやいや、誰なのかは聞かねぇから心配すんなって」
は熱くなっているであろう頬に手を当てた。そして、もう一度ため息をついた後、夏侯淵がいるであろう方向を向く。
「どうして、そんなことを聞かれるのですか?」
「ん、ちょっくら興味を持ってな。んじゃ、なんでそいつのこと好きになったんだ?」
「え……」
そう問われ、はそのときの事を思い出したのか、俯きがちにふっと微笑んだ。
「……褒めて、下さったのです。私の……私自身が嫌いだったことを」




それは、が偶然に司馬懿に保護されてからあまり時が経っていない頃だった。
「何故貴様は、それほど目を嫌う?」
それは、決してまぶたを上げようとしないに対し、司馬懿が言ったことである。
はそれに下を向き、思い出したくなさそうな様子でポツリポツリと返した。
「気色悪い色をしているから……そう聞いたから……です」
目が見えない人間には色というものがどういうものなのか分かるはずがない。
司馬懿が『何色だ』と問いかけると、はとても弱々しく、こう答えた。
「…………紫、と……聞きました」
「紫だと?」
眉をひそめて問い返す司馬懿に、は怖がる様子を見せる。
だが、の予想と司馬懿の反応は大きく異なっていた。
「紫を気色悪いなどとは、貴様の周りにはよほどの凡愚しかおらぬようだな」
「え?」
「見せろ」
そうだけ言うと、司馬懿は左手を少女の頬にあて、親指で相手の右のまぶたを持ち上げた。
話の通り、人にはあり得ないはずの鮮やかな紫色の瞳が現れる。
「っ……!?」
「ふん、私の光線と同じような色ではないか」
「……え?」
その言葉の意味が分からぬまま、だがは目を見られているのが嫌だと感じたのか、指を避けてまぶたを下ろした。
「閉じるな。目を開けろ」
すぐさまそんな声が聞こえて、は驚いた。おどおどしながらもゆっくりと両方のまぶたを上げると、ふん……と司馬懿の満足したような息声が聞こえてくる。
「なんで……だって、変な色だと……」
「凡愚の言う事など、気にするだけ無駄だ。私の光線と同じ色をしていること、誇りに思うがいい」
それは、いつもの自信に満ちたあの声色だった。
「司馬懿様の……光線の色……」
は右手を、役割を果たさない自分の目の近くに寄せた。その様子を見ながら、司馬懿はふと思いついたようにこう言う。
「その目、私以外の者には見せるな」
「……え? どうしてですか?」
少女は司馬懿の顔の方に顔を向けて、不思議そうにそう聞いた。司馬懿は右手に持つ羽扇で口元を隠しながら、小さく笑みを見せる。
「……他の者に見せるなど、……勿体無い」
「……え……」
は、自らが夢を見ているような感覚を覚えた。
顔をうつむきがちにして、頬を紅く染めながら、こう答える。
「……分かり、ました」
その顔からは、微笑がこぼれていた。




「あることを褒めてくださって、それから自分に自信を持てるようになって、それから……気が付いたら、好きになっていたのです」
その様子を思い出していたのか、夏侯淵が眺めていた少女の顔は、ずっと微笑みの状態だった。
それとは対照的に、夏侯淵の表情は呆れというべきか、憐れみというべきか、そんなものである。
「そのあることってのはー……やっぱ、目か?」
「あ、はい。あ、いえ、それ以上は内緒です」
くす、と小さく笑って、『それでは、私はそろそろ用事がありますので』とは歩き出した。
別れの挨拶を済ませ、去ってゆく少女の背を見ながら、夏侯淵は頭をガシガシと掻く。
「惇兄と殿にゃ、勝ち目はねぇって伝えるべきなんかねぇ、こりゃぁ」
その小声が聞こえても、には何の事なのかは分からなかった。



落ちなしっぽい作品ですみません。(苦笑
夏侯淵の口調、というか性格が上手く作れてないような気がするのが心残りです(爆)。
目が見えないって、不便ですよねぇ。

三國無双

TOP

最終更新:12:13 2006/06/27




100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!